アルコール依存症で苦しんだ主婦の備忘録

半毒親の母と同居・介護を決意するまでの私の思い

 
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ド貧乏な家に生まれ、両親は離婚して更にド貧乏。やっと小金持ちの男と結婚できたと思ったらちょっとアウトローな男だった。 幼少期から、アル中になる素質、深い闇はあったのかもしれないけれど、結婚生活のさなか、キッチンドランカーから本格的なアル中に。子供3人育てながら毎日お酒、飲んでました…。あれからウン十年、今は全く飲んでいません。少しだけ幸せになれました。

前回お伝えしたようにこの度、我が家に母を迎え入れて同居・介護をしていくことにしました。

でも、ここに至るまでに私なりにかなりの葛藤があったことは間違いありません。

タイトルには半毒親と書いてしまいましたが、母は別に毒親でもないのです。

ただ、私と性格がまるっきり違うため3分も一緒にいるとムカついてきます(笑)

そんな母親と同居、しかも介護なんて...はっきりいって自信ありません。

でも、私がやらなくて誰がやるの?

今回は、ここに至るまでの私の気持ちを徒然に...わかってくださると有難いです(´;ω;`)ウッ…

ぜひ、ご覧くださいね♪

半毒親の母とは

私もいい年ですが、あまり高齢者の気持ちがわからない人間のようです。

しかも、介護職員初任者研修課程修了、つまり介護職員の資格まで持っているのに

高齢者のこと、な~んにも知らないしわからない(-_-;)

母ってこんな人

私の母親を一言で表すと真面目で潔癖、つまんない人(笑)

それのどこが悪いの?ですよね。

でも、だからこそ愛情表現が下手でもあるのかな。

私が子どもの頃のエピソードでよく思い出すのが

1.熱が38.5度以上ないと学校を休ませてくれない

2.パンを食べる時は床に新聞紙を敷いて食べさせたことを自慢気に話す

3.休みの日に出かけたいのに掃除を手伝わないと出かけさせてくれなかった

4.母がパートで働いていた飲食店で私もバイトしていたが、お休みをもらうのに店長が許可しても母は許さない

5.自分は料理が上手だと思っていて、「美味しいでしょ、美味しいでしょ」というので仕方なく美味しいといっていたら本気にしていた

母は確かに頑張り屋さんで、人の評価が気になる人なのでわかる気もしますが

子どもだって人権があります。

子どもは自分のいうことを聞くのが当たり前だと思っている人でした。

そして、母の世界は狭く、その狭い世界で母は誰からも認められていたかもしれません。

母の世界から飛び出した私は母といるのがとっても窮屈になってきたのです。

母は、子どもは親に感謝するのを当たり前だと思っています。

しょうがないですよね、そういう年代の人ですから...

母が理解できない

昔はそれほど母を疎ましく思っていなかったはず。

それなのに、いつの間にか母の発言にムカつくことが多くなったのです。

それは、私が大人になったからでしょうか、世間に揉まれたからでしょうか。

母は、良い意味でのいい加減、適当ができません。

それに、いつも正しいことが正義だと信じているようでした。

私が、母の家に行く時に前もって電話を入れると必ず素直にいい返事をしません。

こちらの事情については前回の記事に詳しく書いてあるのでこちらからご覧ください▼

母親の介護をするために、同居することになりました!

私が「今日は行けそうだからもう少ししたら行くね!」というと

母は「今日は寒いよ!」「今日は雨だよ!」「今日は...」と怒っていい返してきます。

雨でも、どんなに寒くても行かなくてはならないのはワ・タ・シ、あなたではない。

何で素直に「雨なのに悪いね、寒いのにありがとう」といえないのでしょう。

料理を作ってあげても、食べてないこともあり平気で「それ、もう食べないから捨てちゃって!」と。

あ~やっぱり毒親か!

私には何をいっても許されると思っているのでしょうか。

たぶん、たった一人の娘だから愚痴をいいたいのでしょうね。

母はいつも「神経がやられて(気を使いすぎて)痩せて困る」といってますが

私には母が人の気持ちを考える人には思えなくなっていました。

到底、理解できない...オカンって何なの?

ね、母親がこんな人って悲しいですよね( ノД`)シクシク…

母も苦労した?

母はもう82歳なのでそりゃぁ苦労も多かったでしょう。

決して裕福とはいえない家に生まれて兄弟も多いし、若い頃からあっちこっちを転々としていたようです。

でも、母親の母親

お祖母ちゃんは温かい人でしたけどね。

また、母も父のパチンコに苦しんだようです。

その苦労話も自慢のように「私はこんなに苦労したんだから!」と(笑)

とにかく、私と母の会話も噛み合わないし、人の気持ちを理解しようとしない母を理解するのは至難の業です。

同居・介護を決意するまでの私の思い

「そんなに嫌なら同居・介護なんかしなきゃいいじゃん!」

ってことですが...そこが私も...理解に苦しむ(笑)

ここに至るまでは私なりに複雑な思いがあったことを理解していただけますでしょうか...(´;ω;`)ウッ…

最期ぐらいはハッピーな気持ちで

こんなこというと、不謹慎だし怒られちゃうかもしれませんが

オカンだってこの先10年も20年も生きているとは思えません(?)

お祖母ちゃんが死んだのも83歳くらいだったし

そう思うと、一人で寂しく最期を迎えるのは可哀想だと思ったのです。

ましてや、もし、もし、今何かの病気やケガで入院にでもなったら例え親子でも面会できないですよね。(コロナ禍のため)

それこそ、死ぬようなことになったら一人寂しく逝かなくてはならないのです。

あと、何年生きているかはわかりませんが最期ぐらいは素直に笑顔で死なせてあげたい(笑)

そう、オカンを笑顔にしてあげたい。

そもそも、オカンは笑うことがない。

笑うって幸せの象徴みたいなものなので、いつも人に心配してもらいたい母は笑わないんでしょうね。

まったく素直じゃないんだから!

高齢者を変えることは難しいかもしれませんが、オカンが素直に気持ちを表したり感謝できる人になってほしいと思っています。

きっとキレて、Twitterで愚痴を書きまくるかもしれませんが、皆さん優しいので私を励まし応援してくれますよね(笑)

なんかムカつくけど、真からは憎めないんですよね親って...

さて、次回からは母と暮らすための準備について書いていきたいと思います。

もう、想像を絶するような断捨離がはじまりますよ!

乞うご期待!!

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

あ!

もうすぐ母の日ですよね(;’∀’)

 

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ド貧乏な家に生まれ、両親は離婚して更にド貧乏。やっと小金持ちの男と結婚できたと思ったらちょっとアウトローな男だった。 幼少期から、アル中になる素質、深い闇はあったのかもしれないけれど、結婚生活のさなか、キッチンドランカーから本格的なアル中に。子供3人育てながら毎日お酒、飲んでました…。あれからウン十年、今は全く飲んでいません。少しだけ幸せになれました。

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