アルコール依存症を克服した60歳主婦の奇跡の備忘録

義務教育なのに退学すると言い出した次女

 
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ド貧乏な家に生まれ、両親は離婚して更にド貧乏。やっと小金持ちの男と結婚できたと思ったらちょっとアウトローな男だった。 幼少期から、アル中になる素質、深い闇はあったのかもしれないけれど、結婚生活のさなか、キッチンドランカーから本格的なアル中に。子供3人育てながら毎日お酒、飲んでました…。あれからウン十年、今は全く飲んでいません。少しだけ幸せになれました。

 

先程、上の孫が母親の実家から帰ってきたところです。

複雑ですよね。

 

上の孫は長男の息子で、もうすぐ9歳。

 

仮に空という名前にします。

 

空は、おうちがたくさん。

 

今、生活の拠点である我が家

週に一度は帰るパパの家

たまに帰るママの家

本当のたまに帰るママの実家

 

心配です、そんなに彼方此方におうちがあって、疲れないのかな〜。

 

 

可愛いかったから

 

 

今日は1番下の子、次女のことをお話ししたいと思います。

 

次女は未熟児で生まれました。

未熟児だけどお顔は、それはそれは可愛いくて

お祝いに来てくれた友達も

 

「まぁ!何て可愛いの!まるでフランス人形みたい!」

 

と、褒めてくれたほどです。

 

だもんで、2人の子育てでキャパオーバーになってしまっていた私は

 

「この子は顔が可愛いから、手をかけなくても大丈夫!」

 

なんて、半ば本気で思ったのは嘘ではありません。

 

本当にバカ親。

 

 

 

明るく元気な小学校時代

次女には、本当に手をかけなくて

絵本すら読んであげた記憶がありません。

別に勉強が出来なくても良いと思っていたのです。

 

あの頃住んでいた家の前には大きな公園があり、小学校低学年までは、その公園の主のように元気に遊んでいました。

 

そんな記憶があるのは、そのへんまでで、次女が小学校高学年くらいの時はどんな子供だったのか思い出せません。

 

私のお酒が酷くなったのです。

 

ただ、お友達を家に連れてきて一緒に遊んでいたのは覚えています。

 

そして、ある日

 

そのお友達が

 

「もう、○○ちゃんと遊んではいけない。」

 

と、お母さんに言われたらしいのです。

 

それは私が原因だったのかもしれません。

 

 

 

 

中学生なのに退学したいと言った次女

 

 

 

その当時、私はアルコールのせいで うつ っぽくなっていました。

 

家庭は太陽の光をなくし、真っ暗です。

 

そんな環境で次女も次第におかしくなっていました。

 

勉強も運動も関心なし、友達関係もよくない。

 

当たり前ですよね、母親がお酒ばかり飲んで訳の分からないことやってるのですから。

 

要するに、不良、ヤンキーになっていきました。

 

髪の毛を染め、家出を繰り返し、バイクに乗って警察に捕まり、挙げ句の果てに男と同棲までしていたのです。

 

中学生なんです。

 

そして、やはり訳の分からないことをいいだしました。

公立なのに退学したいと。

 

そんな話しを聞いて、私は旦那に相談したんです。

 

「ねぇ、○○ちゃんが学校辞めたいって言ってるんだけど。」

 

お酒で狂っている私は、義務教育なのに退学したいも何も退学なんて、公立じゃ出来ないのに

 

相談するも何も、そんなことを真に受けてしまう私の頭の方がおかしいのです。

 

でも、そんな思いを抱くまでにしてしまったのは私の責任です。

 

 

学校からも、何度も呼び出しがありましたが

どう対処したのか覚えていません。

 

次女がそんなふうになってしまったのは、私のあの酷い言葉があったから       らしいです。

 

それは何回めかの家出で、原付バイクの2人乗りで警察に捕まり保護された時

 

呼び出された私と旦那が警察で事情を話したりする中で

 

私だけ婦警さんに呼ばれました。

 

「○○さんのこんな行動はお母さんから『あんたなんか産まなきゃよかった』と言われたことがショックだったようですよ。」

 

正直私は

 

「えー!?」

 

青天の霹靂です!

 

「そんなこと言った覚えは全くない !!」

 

でも、自信はありません。

 

いつもいつもヘベレケに酔っ払っているのです。

 

手はかけないくせに、手がかかる次女が面倒くさくてしょうがなかったのです。

 

「あんたは本当に面倒くさい子だね!!」

 

みたいなことを言ってしまったのは覚えています。(同じか?)

 

私が悪いのに…

 

何て酷いことをしてしまったのでしょう。

 

それから次女は、もう家出はしないと約束をして帰ってきてくれました。

 

私は、お酒を

 

やめることは、まだまだ出来ないままでした。

 

お酒って本当に怖い。

 

刃物のような言葉で次女の心をさんざん抉ったのに、私はのうのうと飲んだくれていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ド貧乏な家に生まれ、両親は離婚して更にド貧乏。やっと小金持ちの男と結婚できたと思ったらちょっとアウトローな男だった。 幼少期から、アル中になる素質、深い闇はあったのかもしれないけれど、結婚生活のさなか、キッチンドランカーから本格的なアル中に。子供3人育てながら毎日お酒、飲んでました…。あれからウン十年、今は全く飲んでいません。少しだけ幸せになれました。

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