アルコール依存症を克服した60歳主婦の奇跡の備忘録

アルコール依存症がどうやって子育てを?アル中ママの1日

 
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ド貧乏な家に生まれ、両親は離婚して更にド貧乏。やっと小金持ちの男と結婚できたと思ったらちょっとアウトローな男だった。 幼少期から、アル中になる素質、深い闇はあったのかもしれないけれど、結婚生活のさなか、キッチンドランカーから本格的なアル中に。子供3人育てながら毎日お酒、飲んでました…。あれからウン十年、今は全く飲んでいません。少しだけ幸せになれました。

 

私には3人の子供がいます。

子供といっても、もう皆んないいオジさんオバさんなんですけどね。

 

その子供達に、各自1人ずつ子供がいるので孫も3人いるということになります。

 

正直、メッチャ嬉しいんです。

 

私はかなり酷い母親だったはず。

そんな毒親に育てられたので、人を愛したり子供を欲しがったりしなかったら大変だと思っていましたが

 

ちゃんと普通に恋愛して、子供を持ってくれたことに感謝です。

 

さてさて、そんな毒親の私はどんな子育てをしていたのでしょう。

 

 

ほとんど覚えてない子育て

 

 

まだお酒がそんなに酷くない頃のことは覚えているかな〜(笑)

 

上2人の時は、計画しての出産だったので割とお利口にしてましたよ、私。

 

1番下の子は予定外の(ごめんなさい)子供だったので妊娠に気づかず、最初の頃は飲んじゃってました。

 

その影響もあったのかは分かりませんが、未熟児だったんです。

 

出産後は私だけ先に退院して、子供はある程度大きくなるまで退院できなくて

母乳を搾乳してたんですが、早く出なくなりました。

 

だから   って訳ではありませんが

 

飲んでました…

 

まだその頃は全くアルコール依存症だという認識もなく、周りの人も何も言わなかったのです。

 

小さな子供、乳幼児がいても飲んでいた私に何も言わなかったんですよ!(って、人のせいにしてる)

 

ってことは何もヘマはしてなかったのでしょう。

 

それとも覚えてないだけなのかな。

 

 

長女が私を不審に思い出した頃

 

 

上の2人が小学校に行き、末っ子を保育園に送ると、朝の忙しさから解放されて一息つきたくなったんです。

 

それで覚えたのが朝飲み。

 

効くんですよね、朝からのお酒は。

 

うちは自営をやっていたので、私は店の掃除や仕入れに行かなくちゃならないんだけど。

 

まだ、朝飲み最初の頃は行って、ちゃんとやってた    気がする〜(笑)

 

で、普通に家事もこなして、子供達の世話も当たり前にね。

 

でもある日の夜

 

「今日ママと一緒に寝たい人〜?」

長男と末っ子は

「ハーイ!」

と無邪気に手を挙げました。

でも長女は

「嫌だ、だってママはいつもお酒臭いんだもん!」

 

そりゃあそうです。

朝から飲んでいるんだから、いつもお酒の匂いがしていたはず。

 

自業自得なのにショックでした。

 

そうこうしているうちに、私の飲酒問題が次々に発覚していくのでした。

 

 

ついに、どうにもこうにもならなくなった日

 

 

少しずつは変化があったのかもしれません。

 

私の1日の始まりは早く、旦那は目が覚めると同時に

 

「メシ、メシ、飯ー!」

 

と、うるさく

 

それにうんざりしていました。

 

それが朝の5時6時です。

 

旦那はカラオケパブの経営をしていたので、そんなに早く食事をしなくてはならない理由はないのです。

お腹が空いているわけでもないのです。

 

私はついにキレました。

 

「離婚して下さい!

お願いですから離婚して下さい!」

 

この日は小学校の運動会だったと思います。

 

その日を境に、私の飲酒問題が公?となるのでした。

 

家庭は暗くなります。

 

何もかもが面倒になりました。

でもまだ最低限のことは出来ていたのでしょう。

 

子供達はもう自分のことは自分で出来る年です。

 

私は、最低な食事を作り、適当に掃除をして、洗濯して、フラフラしながら母親業をこなしているつもりでした。

 

上の2人は私がまだ、そんなに酷くない頃に育ったのですが、1番の被害者は末っ子です。

 

何も手をかけてあげませんでした。

 

まだ4歳ぐらいの末っ子に4リットルの焼酎を買いに行かせたことがあります。

 

昔は買えたんですね〜。

 

ママに気にかけてもらいたかったんでしょうか。

 

野花を摘んできて

「はい、ママ!」

と、手渡されたのですが

「何?こんな汚い花!」

と、言ってしまったことがあります。

 

学校のことも、勉強も、ろくに見てあげませんでした。

 

そんな子供がまともに育つわけがないのです。

 

それなのに

 

何を怒ったのか覚えてないのですが

 

成績のことでしょうか、日頃の行いのことでしょうか

 

「あんたなんか産まなきゃよかった!」

 

私は絶対に口にしてはいけないことを

口走ってしまったようなんです。

 

そして、これは後から聞いた話しなんですが

私は毎日何度も

 

「死にたい、死にたい。」

 

と、言ってたそうです。

 

お酒で狂ってしまった母親のいる家庭。

 

これはまだほんの序章にしか過ぎないのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ド貧乏な家に生まれ、両親は離婚して更にド貧乏。やっと小金持ちの男と結婚できたと思ったらちょっとアウトローな男だった。 幼少期から、アル中になる素質、深い闇はあったのかもしれないけれど、結婚生活のさなか、キッチンドランカーから本格的なアル中に。子供3人育てながら毎日お酒、飲んでました…。あれからウン十年、今は全く飲んでいません。少しだけ幸せになれました。

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